私の両親は、日本人らしい愛情表現の少ない典型的な夫婦だと思う。
けんかやお互いの不平も多く、子供ながらに「離婚すればいいのに」なんて思ったことも何度かある。
母が病気になり、父は毎日病院へ足を運んだ。
母に頼まれ化粧水と乳液を買いに行き、毎日顔に塗ってあげていたことを今回行って私は初めて知った。
家のこと、病院のこと、父は全て一人でやっていた。
私が帰ってすぐ母が退院してきた。
家のこと、母のこと、私は父に一時の休息だから休むように言った。
時間ができた父は、母のためにいろいろなことをしてあげた。
夜中に目が覚めると母は私と兄に今までのお礼とお別れを言うなんてことも何度かあった。
母は私の1ヶ月の滞在の真ん中の日が葬儀になるよう計画したかのように逝った。
「帰って安心してポックリいかんでよ」なんて言っていたのに、本当に急に逝ってしまった。
平日だったにもかかわらず、葬儀になった日に偶然休みをとっていた兄。
火葬場がいっぱいで日がずれ込んだおかげで、夫もアメリカから駆けつけ葬儀に間に合うように来ることができた。
何をとっても、母の計らいではないかと思うことがたくさんあった。
母が亡くなってから、私は手続きなど父に代わって走り回った。
父は、今まで以上に忘れっぽくなり、「何かおかしい」と訴えた。
「おらんと思うとやっぱり駄目だ」と、父が初めて弱音を吐いた。
子供には愛し合っている夫婦の姿を見せたいと娘の前でもいつもラブラブでいる私と夫。
でも、母が病気になってからの父と母、母が亡くなってからの父を見て、違う愛のかたちを知った。
シンプルにお金をかけずにする家族葬で行う、というのを「これは2人の約束だから」と言った父を見て今まで見たことのない両親の夫婦愛を感じた。
45年以上一緒に過ごした二人は、私達夫婦には計り知れない繋がりがあったのだと知って何とも表現できない気持ちになった。
知らぬ間に繋がりが強くなる夫婦、切れてしまう夫婦。
熟年離婚って後者なのかな。
若い頃、うちの両親みたいな夫婦にはなりたくない、なんて思っていたけど、今は私達夫婦もいつか、私の両親のような絆で結ばれていたいと思う。